ハーブティーを初めて飲んだのは、ジャーマンカモミールのティーバッグだった。
やさしいイラストのパッケージと、「リラックス」や「安眠」という言葉に、手に取ったときから、どこか気持ちは浮き立っていた。
紙の包みを開き、小さなバッグを取り出す。紐の先の紙の持ち手を、慎重にほどく。そんな些細な動作さえ、少し特別に感じた。
カップに入れ、ぐらぐらと沸いた熱湯を注ぐ。淡く、少しくすんだ黄色が、ゆっくりと広がっていく。

香りは、かろうじてわかるほどに、ほんのり甘い。リンゴのようだと言われるが、それは少し言い過ぎのようにも思う。けれど、リンゴそのものも、いつも豊かに香るわけではない。「リンゴの香り」と聞くと、私たちは、みずみずしく青く甘い、記憶の中で最も美しい香りを思い浮かべてしまうからだ。
そっと口をつけると、干し草の味がする。飲んだことはないけれど、匂いは確かにそれだ。
懐かしく感じるこの苦味は、キク科特有のものだと、後になって知った。私は、いったいどこでこの苦味を覚えたのだろう。思い返しても、よくわからない。

ジャーマンカモミールは、梅雨に煙る夕暮れによく似合う。
厚い雲の下、まだ青さの残る空のもとで、一日は思いのほか速く過ぎていく。
カップの中でゆっくりと色づく黄色に、カモミールから生まれるカマズレンの青が、オイルへと溶け出していく姿がふと重なる。
仕事に追われ、張りつめたまま過ぎてしまった一日の緊張を、湿り気ごとほどくように静かに飲む。
やさしさと苦味が、ゆっくりと流れ込んでくる。

学名:Matricaria chamomilla
科名:キク科
使用部位:花(頭状花)
ハーブティの成分
フラボノイド配糖体 少量
芳香成分 α-ビサボロール ほか
苦味 セスキテルペンラクトン類(マトリシンなど)
苦味はセスキテルペンラクトン類によるもの。生育や加工、収穫後の時間経過によって増える。
カマズレンは水蒸気蒸留の過程でマトリシンから生じるため、精油にのみ存在する。
脂溶性成分が多いことを思えば、ハーブティーは少し頼りない抽出かもしれない。だからといって植物油と合わせても、味わいという点では、あまりしっくりこない。苦味が過剰に出ないこの軽やかさが、かえって飲みやすさにつながっているようにも思う。
苦味は、セスキテルペンラクトン類(マトリシンなど)によるものとされる。
生育環境によっては、この苦味が強く出ることがある。
さらに、乾燥の過程や保存中の酸化・分解によって、苦味や渋味といった雑味が増えてくる。
それもひとつの個性ではあるけれど、すっきりと飲みたいときは、できるだけ鮮度のよいものを選びたい。
【儀礼・信仰・宗教・歴史】
カモミールに関する信仰や儀礼の記録は、あまり多く残されていません。古代から、主に「薬草」として利用され、宗教的・儀礼的な植物としては、あまり使われていなかったのではないかと考えられます。
例外的な事例として、アングロ・サクソン期の治療呪文「九つの薬草の呪文」に登場する「Mægðe」が、カモミール、あるいはカミツレモドキなどの近縁植物ではないかとされています。ただし、その植物学的な同定は確定していません。
石橋志保
CARACAROフィトテラピースクール代表
植物療法講師/ハーブ専門家
植物文化・死生学・ライフデザイン研究家
神戸を拠点に、伝統的なハーブ療法に、現代の成分化学、生化学、分子生物学などのサイエンスの観点を取り入れ、エビデンスベースなハーブ・アロマテラピーを展開。キャリア30年以上のプロ養成スクールを運営・指導。フィトケミカルや植物辞典など植物の科学と文化を幅広く発信。
植物と宗教・民俗、 死生観・ライフデザインをテーマに、講座やワークショップの企画運営、 講演・執筆活動を行う。
幼少から植物栽培、発酵・歴史・文化・宗教・民俗が大好物。修士(人間学)専攻は人間社会学、専門は死生学(災禍の儀礼、祈り、悲嘆ケア・グリーフケア)。神話・宗教・芸術と植物から、人が植物に託した思いを紐解き、祈りや儀礼とともにトランジションをデザインする「ハーベストライフ」を提唱、執筆講演活動中。


