父と喧嘩して考えた 絶対的な力関係の中でずるい一言:父の人工透析

父の慢性腎不全・人工透析

シャント再建のため長期入院している父ですが、人工血管シャント再建に伴う左心室不全もなく、抜糸も終わり、再建したシャントが使えるようになってきたようです。

■ただ、元気になって張り切ってしまっただけなのに
そろそろ退院ということで、退屈だったのが「畑行ける!」って元気が出てしまったようで、あちこちに畑と植物の世話を依頼する電話をかけています。

叔父さん、叔母さんにも、とっても負担をかけてしまって、申し訳ない気持ちです。そんな中、私にも、いろんな指示が飛んできましたが、繁忙期に決算もあってクタクタだったので、私はきっぱり断りました。

「そんなことよりも、しなければいけないことがある」
退院したら、あれの手続きに行き、お金をこう動かして…と話したのですが、断ったことに加えて、その言い方も気に入らなかったのか、「こっちは善で言っているのに、嫌味な言い方してくる」「なんでも後回しにして、いつも結局してくれない」「かき回してややこしくする」とか、いろいろ怒られちゃいました。

そしてクタクタだった私も「じゃあ、もうなーんにも、手伝わない」って、電話を切りました。

■こんな言葉で勝とうするずるさと恥ずかしさ
瞬間的には、罵られ、イヤなことも言われて、「こっちはいろんなこと犠牲にしているのに!」って腹が立ちました。

でも私が高齢の親に言ってしまった「もう手伝わない」って、本当にずるいなぁと思いました。

絶対に手助けが必要な人に「手伝わない」なんて、なんてことでしょう。家庭内であっても、これはパワーハラスメントですよね。必ず勝ててしまう方法で、相手を負かそう、何なら謝らせようとした自分が恥ずかしいなぁと思いました。

これまでも、怒りにまかせて、過去にいろんな人に、こういうこと言ってしまったりしたんだろうなぁととも思いました。家族や近しい人には甘えもあって、「もうしない!」みたいなこと言ってしまってたなぁと思い出して、恥ずかしくなりました。

ただ父は、退屈で仕方ない入院生活に終わりが見えて、気になって気になって仕方のない植物のことを、なんとかしてもらえないかなと思っただけなのに、私に断られてショックで、ついつい腹が立って言ってしまっただけなのに。やるかやらないかは別として、「うんうんわかった、一応考えてみる」って言えば、だれもイヤな気持ちにならなかったんです。

■結局は、切っても切れない縁だという甘え
恋愛でも、「もう別れる!」ってすぐ言っちゃった事あるなぁって思い出して恥ずかしくなりました。当時の彼に「すぐ「別れる」って言わない!」って、叱られたことも思い出しました。売り言葉に買い言葉で「だったらもう別れよう」なんて言わない大人な方でしたね。

親子関係と違って、恋愛なんて淡くて脆い関係なんだって分かってからは、簡単にそんなこと言わなくなったし、言われても「わかった。でも少しだけ、一緒に考える時間ください」とか、ちゃんと言えるようになったりもしたのに、親子だとやっぱり甘えでしょうね。思わず言ってしまった一言に、自分でショックを受けています。

甘えで言ってしまうということは、自分の中に、そういう精神性があるってことだから、どこでポロッと出るか分かりません。怒りにまかせてって恐いです。もう反省しかありません。

■恥ずかしさは抑止力になる
ちょうど翌日の夜に、ライフシフトジャパンのフォローアップDAYだったのですが、「石橋さんは、平和の泉!」って、身に余るようなお言葉をいただいてしまい、ますますこの喧嘩で言ってしまった父への一言が恥ずかしくなりました。

介護やケアしてたら、そんな時もあるよ~とあたたかいお言葉をいただくのですが、職業柄もそうではいけないと思うので、何度も恥ずかしい気持ちになることがストッパーとなればいいなと思います。そして根元の部分で「相手を言い負かす」「絶対に勝とうとする」という、そんな思考がなくなってくれたらなぁと思います。

母にもしっかり告げ口しちゃったんですが、母から「(父を)がっちり叱っといた!」と電話があり、いつも守ってくれてありがとう~と感謝しました。

ワガママで気分屋な、子供みたいな母ですが、こういう時はちゃんと間に立ってくれます。ひとりひとりが勝手な我が家ですが、このバランスが好きです。

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